2011年6月28日火曜日

第8回 建築学特論 原っぱと遊園地

今回の特論では青木淳著の「原っぱと遊園地」を題材にして行いました。

まずタイトルである「原っぱと遊園地」について触れたいと思います。原っぱと遊園地の楽しみって何か?初めに遊園地はそこにあるアトラクションに乗ることで楽しむ。原っぱはそこで何が行われるかはそのときにならないと分からないことを楽しむ。ここで、原っぱと遊園地には相違点があることに気づく。それは、どちらも楽しことかもしれないが遊び方において自由の有無が生まれている。
ここで青木さんはこの原っぱと遊園地を次のように述べています。「原っぱとはそこで行われることでその中身がつくられていく建築。また遊園地とはあらかじめそこで行われることが分かっている建築。」具体例としては、原っぱが牛込原町小学校、遊園地が横浜美術館が挙げられていました。

今回の特論では、原っぱとなる建築をつくるにはどうするべきかを討論をしました。長いことその討論をしていました。すると、頴原先生が「原っぱがただ大事というわけではない。ほかの部分に青木さんの言いたいことが隠れている。」と。そこで片山君が「建築とは、自分を取り巻く環境は自分次第である、そういう感覚のために行う行為だと考えているってところですか?」と言うと頴原先生は頷きました。そのあとに頴原先生は「人間が自分の力で環境を変えられる、つまりそれに拮抗できると感じられるのではないか」の部分も大事だと言ってました。特に『拮抗』というのが大事だと。(意味がわからなかったら調べてみよう。)

このことから私たちは周りの環境をしっかりと見極めて建築に臨むべきだと思いました。
またこの特論の時に建築家には『懐疑』というものを持っていなくてはならないということも学習しました。

09TA100 山下 晃季

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